2014年03月26日

これぞカポエイラ探検隊(3/20)

alagoinhas.jpg
街のほぼ唯一の観光名所 古い教会跡



 今日は文字どおり探検を地で行った一日になりました。

 そもそもゼー・ジ・フレイタスの居所を知るために先週の日曜日にカパゥンのメストリ・バルテローを訪ねました。そしたら「行ったことはあるけど、連れて行ってもらったので、住所は知らない」と言われ、彼の先生のメストリ・オラヴォ(ビリンバウで有名なオラヴォとは別人)の連絡先を教えてもらいました。

 オラヴォには何度電話せどつながらず、再びバルテローを介して、オラヴォの奥さんから住所を聞き出してもらいました。ところが、その住所というのが通りの名前だけで、番地はなし。ただ「線路の近く」というだけの非常に頼りないものでした。

 それでもと思いgoogleマップで通りの名前を検索してみると、通りは見つかりはしたのですが、なんと通りに沿う形でずっと線路が続いています。しかも結構大きい通りで、かなり長い。これでは全部「線路の近く」状態で、とても手掛かりにはならないだろう、とつぶやくしかありませんでした。

 それでもメストリの高齢と病状からして来年はないかもしれないという思いから、とにもかくにもアラゴイーニャスの地へ向かうことにしたしだいです。

 アラゴイーニャスのバス停に着き次第、モトタクシー(オートバイのタクシー)に頼み、例の通りまで連れて行ってもらいました。またその運転の荒いことといったら・・・。日本に子供が3人いることを話し、ここでバイクから落ちて死ぬわけにはいかないと、スピードを落とすように頼みました。

 通りに着いてからが本番です。とにかく線路の近くと言っても、全部線路沿いなので、片っぱしからこの辺りにカポエイラのメストリが住んでいないかと尋ねて回りました。ところが誰に聞いても「知らない」という答え。ようやく若いカポエイリスタなら知っているという情報を得、カポエイリスタなら何か手掛かりをつかめるだろうとその人の家へ。ところが出て来たのはお母さんで、息子は留守だとのこと。

 がっくりうなだれながら、これ以上モトタクシーの兄ちゃんをつき合わすのも悪いので(しかもただじゃないし)、あとは自力で探すからと別れを告げました。

 ここからは単独行です。近くの人に片っ端から聞いて回ります。こうなったら砂浜で落としたピアスを探すようなもの。もう後は運に任せろと、楽な気持でトイレを借りた店の店主が、向かいの通りにカポエイラと柔道を教えていたメストリが住んでいたが、その人ならおそらく亡くなっているというではありませんか。柔道も教えていたという点と年齢が90近いという点から、これはメストリ・フレイタスに間違いないと確信し、教えてもらった地点に走りました。

 ところがその辺りに行っても近くの住民はそんな人は知らないといいます。なるべく古くからそこに住んでいそうな老人を中心に聞いているにも関わらずです。またしても私の頭の中には小田和正の「君が嘘をついた」が流れ始めます。

 そんなときです。ドラマが急展開したのは。

 二人組で歩いてきた青年にダメもとで声をかけたところ、母親なら知っているだろうと、わざわざ自分の家まで戻ってくれました。出てきたお母さんに、これまで数十回繰り返してきた説明を聞かせると、それならその向かいの家がそうだとのこと。下の写真がその家です。

zedefreitas4.jpg


 しかしまだここで終わりません。今はその家は空き家だと来ました。ドラマはそう来るか・・・、とニュートラルな感慨を覚えながら、当然、今はどこにいるのかと聞きました。

 そしたら今度はお母さんが、隣のおばさんに聞きに行ってくれ、ようやく現在の居場所が判明しました。ここからそう遠くない場所で、先ほどの青年が案内してくれるとのこと。

 ようやく手ぶらで帰ることのない予感を感じながら、歩くこと20分ほど。ここだ、と着いたのが下の写真です。

zedefreitas5.jpg



 次回へ続く。






posted by kubohara at 22:16| Comment(1) | カポエイラ探検隊
この記事へのコメント
私も初めてエストレーラ ブリリアンチ ジ イガラスーに行った時まさにその通りでした。

探しまくり最終的にメストレ ジルマールの家に家族として迎えてもらえました。

まだコーコ ジ ドナ オルガも健在でした(去年アールワンダに召されました)

今でもカルバナルに季節になるとイガラスー市 レシフェ市 オリンダ市には絶対に行きます。

私の修行の場であり心の故郷です。
Posted by も〜ぞ〜 at 2014年04月14日 08:43
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: